(1)木材の特徴

 

 樹木は、基本的にセルロース、ヘミセルロース、リグニンを主とする繊維素と多糖類から成っています。

 細胞の構造は、細胞同士を隔てる細胞間層の内側に一次壁があり、その内側に二次壁外層、さらに二次壁外層の内側に二次壁中層と二次壁内層というのがあります。この内層の内側は大きな空洞(内腔)となっていて、仮道管と呼ばれています。仮導管の両端は閉じているのですが、隣り合う内腔間は液体が浸透しやすい構造となっていて、水や養分はそれを通じて枝や葉先に送られます。

 

 樹種を問わず、ギターの製作と保管に関係深いのは先ず木材に含まれる水分ですが、その水分は、大きく「自由水」と「結合水」という形態で木材中に存在しています。自由水とは主に細胞内腔に液状で存在しているもの、そして、結合水とは細胞壁中で木材実質と結合しているものを指します。 雨や乾燥などで自由水が増減しても木材の伸縮は生じませんが、結合水が増加すると木材は膨張し、電気抵抗の減少や強度/剛性の低下などが起こります。

 

 ギターのネックが反ったり天板が歪むのは、結合水が大きく出入りする結果です。出入りの過程で、木材の表面から乾燥または湿潤し、短期間のうちに表層と内層の含水率(言い換えると剛性)が不均一になるためです。たまに、「ビンテージギターは結合水が完全に飛んでいて、セルロースが結晶化しているので、枯れた良い音がする」とか「一度、消失した結合水は戻らない」などと言う人がいますが、結合水も出入りします。

 水分の他に、ギターを製作する上で関係するのはミネラル分の含有量と分布状態です。これは主に音色や音響反射に影響します。但し、蒸気乾燥(後述)されたものでは、その多くが取り除かれています。ミネラル含有量が多いほど硬めの出音となるようです。

 

 さて、細胞壁が結合水で飽和し、しかも自由水が含まれない状態を「繊維飽和点」と言いますが、 この時点で、ほとんどの樹種の含水率は2530%の範囲に収まります。生材は、結合水も自由水も含んでいるので(常に繊維飽和点以上にあり)、その含水率は40150%と、樹種や伐採時期、部位(芯材や辺材)により大きく異なります。

 

 

 木材を100℃前後で加熱乾燥(多くは蒸気乾燥)すると、結合水すら含まない完全乾燥状態(全乾状態)になるのですが、この木材は「全乾材」と呼ばれます。中堅以上の規模の楽器メーカーでは、木材に含まれる水分中の不純物をできるだけ取り除くため、いったん材を全乾状態にした後、一定の含水率になるよう再び水分を戻し、さらに気乾してから加工作業に入るというのが一般的です。これに対して、小規模工房などでは機械乾燥設備を保有していないことが多く、気乾材(空気乾燥したもの)を加工していくことも珍しくないようです。送風した屋内で長期間(概ね45年)置かれた「気乾材」には、自由水は殆ど含まれないとも言われています。


 

 なお、PRSでは木材を全乾状態にはせず、除湿乾燥(4060℃で、やや中期間乾燥)を施した後、加工工程に廻しているようです。

 

 

 木目による木材の伸縮の特徴は、一般に板目材の横方向(接線方向)が38%(含水率1%当り0.20.4%)と最大であり、柾目はその約2分の1となります。樹種に関しては、密度が高いほど収縮・膨張率が小さくなります。平たく言えば、柾目の硬材より板目の軟材の方が暴れやすいので気をつけましょうということです。

 

 変色について。木材が太陽光に暴露すると、当初は明色に、後に暗色に変化します。その程度や色調は樹種によって異なりますが、長期暴露ではほぼすべての材が灰白色に変化し、崩壊に至ります。

 

 また、2カ月程度、紫外線照射を受けると、表層から12mmまでの深度に深刻な物理的変化が生じるといわれています。つまり、ヘミセルロースやリグニンは光酸化を受けて溶脱するわけです。 概ねセルロースのみの組成となるのですが、セルロース自体も骨組みは保持されるものの分解過程にあり、材の強度が甚だしく落ちます。こうした変色と物理的劣化は、ゆっくりとではありますが、屋内で紫外線を遮断した可視光のみの環境下でさえ起こります。

 

 つまり、①使ったギターを部屋に出し放しにしておいてはいけない、②照明または日光の照射を長期間浴び続けているような店頭展示ギターはできるだけ避けた方がよいということです。エレキギターならまだしも、表層から2mmと言えば、アコースティックギターなら天板の厚さにほぼ等しくなります。また、側板や裏板の厚さの半分程度になります。

 

 

 

 以下は、木材がシーズニング期に入るまでの工程です。

 

 

 

<シーズニングに入るまで

●切出し⇒ 玉切り⇒ 製材⇒ 桟積⇒ KDKiln Dry:人工乾燥 ⇒ 養生(seasoning

 

 玉切りの後、短期間屋外で寝かされた後、製材・桟積の過程を通して屋内外で自然乾燥され、最後の養生の後、ギター用材として加工されます。

 

 上では一般的な工程を示していますが、実は、ギターも含め楽器用木材の望ましい乾燥、保管のあり方には諸説があり、メーカー間で手法が異なります。同一社内でも職人によって意見が異なるようです。中でも、気乾の重要度をどう見るか、適正な気乾期間はどれくらいか、また、そもそも強制的に全乾状態にすべきかどうか、こうした事柄を中心に見解が分かれているようです。

  いずれにしても、シーズニング期間が長い木材ほど高価になります。理由は、狂いが出きった材として安心して加工でき、ユーザーも安心して使えるからで、在庫期間の長さと希少性によって価格が上がるわけです。