ギターの日常的な維持管理

 

ここでお伝えするのは、あなたのギターが支障なく機能しつづけるためのごく基本的な事項ですが、あわせて、美しい外観を保つための日常的なメンテのあり方についても記しています。レリックやクローゼットクラシックがお好きの方は、そこの部分は読み飛ばしていただけたらと思います。

  

1.ギターの機能維持 

 

(1) 変形の防止

 

ギターの本質的機能を維持するために最も重要なことは、当然ながら、各部の形状を変形させないことです。ネックが反りかえっていたり捻じれているようでは、簡素な和音を出すことさえままならなくなります。アコースティックギターやクラシックギターでは、天板の変形は致命的欠点と言えます。

 

ですから、何はさておきネックと天板が変形するのを防がなければなりません。仮に、すでに変形してしまっていたら、放置せずに可能な限り速やかに元通りになるよう努めてください(方法は後述)。そのままだと、往々にしてさらに変形が進みます。

 

ネックや天板の変形は、著しい場合もあれば、目を凝らして見ないと確認できない場合もあります。後者の場合、素人が使用する上では何ら支障はありませんが、コレクターやプロユースでは、状態によって問題視されることがあります。

  

アコースティックギターの天板の変形についてですが、これは、ブリッジの後方(ギターを立てたときはブリッジ下部)が隆起しやすく、サウンドホールの後方(ブリッジの前方)が陥落しやすいという傾向があります。隆起や陥落が目に見えてはっきりわかる場合は、一般ユーザーが自分で直すのは困難で、ギター工房やリペアショップに修理を依頼してください。

 

日本の気候、とくに高温多湿の地域では、変形を完全に予防するのは困難ですが、普段からよくギターを観察し、症状の兆しが見えたら早めに手を打つことで、大ごとになるのを防げます。

 

どのようにすべきでしょうか?

  

【変形の原理と留意事項】

 

ギターは、硬木や軟木、肉厚のある木や薄い木が組み合わさって出来上がっています。さらに、同じ木材でも硬い部位と柔らかい部位があり、それらは、当然ながらおのおの膨縮率が違っています。膨縮率は、一般に硬木や重硬部位では小さく、軟木や軽軟部位では大きくなります。また、体積の大きい部位の内部の膨縮の速度は遅く、体積の小さな部位の表層部のそれは速くなります。

 

ところで、温度が変動する季節の変わり目や、湿度が大きく変わる時期(6月後半~7月下旬や9月上旬、10月上旬)に、木材の膨張または収縮が顕著になります。しかし先に述べたとおり、材種や部位、体積によって膨縮率が異るので、ギターの各部は均等に膨張したり収縮するわけではありません。そこで、環境が激変する時期には、特に弦の張力が引き金となってネックの変形が起こりやすくなります。

 

具体的には、一般に指板には硬木が用いられ、ネックには指板より軟らかい材が用いられています。

 

いま仮りに、夏場で、気温と湿度が急激に上がるような部屋に、弦の張り具合がとても緩いギターが置かれているとしましょうか。ギターは急な膨張環境にさらされているわけですが、このときネックは表層部から素早く伸長しようとしています。ところが、ネックの内側と指板の膨張は遅れます。つまり、膨張圧力は直行的に発現することができない状態になるわけです。弦は緩めてあって張力は弱いかほとんどない状態ですから、いびつな膨張を抑える力が働きません。こうして、ネックはギターの背中の方向へ反る「逆反り」や「捻じれ」、「波打ち」等の変形に向かうことがあります。

 

逆に、初秋から晩秋へ向かう時期や初秋から真冬へ向かう時期など、木材が乾燥(収縮)していく過程で、収縮圧力のかかっている木材の片面(指板面)にだけ弦の力が上乗せされると(つまり弦の張力が強いと)、ネックは縮みながらギターのお腹の方向へ反っていきます。これが「順反り」です。アコギの天板の隆起や陥没は、この順反りと同じ要因で生じます。順反りは、比較的低い温度で長時間冷暖房される部屋にギターを持ちこんで一夏保管するような場合などにも生じることがあります。

  

反りが強い場合、クラシックギターでなければ、トラスロッド(ネック中に仕込まれてある補正用金属棒)で修正することができます。

 

今あなたの身体から正反対方向にヘッドの位置があるとして、時計回りにロッドを回すことで(ネジを締める方向)順反りを補正することができます。逆反りだと、反時計回り(ネジを緩める方向)に回します。

 

Fenderのオールドタイプのギターなど、ネックを外さないとロッド調整ができない構造のギターも数多く流通しています。ネックを外すこと自体は難しくないのですが、実は組み付けるときにコツがいります。うまく組付けないと、見かけは元通りになっても鳴らしたときに前とは違う変な音の出方になってしまうことがあります。

 

ところで、トラスロッドを多用すると、やがて補正できる限度を超えてしまいます。ですから、次に示すように、なるべく弦の張力をうまく使い日数をかけて補正することをお薦めします。なお、ネックの捻れや波打ちは、張弦の調整でもトラスロッドでもまず直せません。こうした重症のネック、またトラスロッドを使い切って反りを直せなくなったネックは、木工用アイロンで直すことができるのですが、それはもはや修理の領域です。リペアショップなどに持ち込んで丁寧になおしてもらいましょう。その場合、驚くほど高額ではないものの、それなりの費用と日数がかかります。

 

付記すると、アコースティックギターは他のタイプと比べ、弦の張力が強いため反り等を生じやすく、エレキギターでは、ネックは反ってもボディや天板が自然条件で歪むなどということは、まずありません。

 

◆変形の防止と微修正の方法

 

温度や水分による膨縮の時間差と弦の張力の大きさが、反り、隆起、陥没の主因ですから、取るべき方策は、次のようなものになります。

  

・保管場所の温度はできる限り一定に保つこと(冬10度以上、夏25度以下が望ましいが、一日の温度変化が少なければ冬場3度、夏28度程度でも可。昼夜の大きな寒暖差を避ける。)

 

・湿度をできる限り一定に保つこと(50%が望ましいが、少なくとも急激な湿度変化を避ける。)

 

・直射日光に当てないこと(特に510月の間。ガラス越しでも同じ。)

 

・弦を張らない状態または通常の調律上の張力で弦を張り放しにした状態で、保管しないこと

 

・逆反りの場合は、弦の張力を強めること

 

通常調律時の張力を1としたとき、1の負荷をかけるか、さらに半音階程度上げる(張力を増やす)。反りがほぼ解消された時点で、エレキギターの場合は、通常張力1に対して0.86弦)、0.85弦)、0.84弦)、131弦)とする。アコースティックギターでは、0.76弦)、0.75弦)、0.74弦)、0.83弦)、121弦)程度に戻す。(あくまでも一つの目安)ばん

 

・冬場に向けては、晩秋前から、使用後に弦の張力をそれまでより一段と下げておくとよい。

 

・順反りの場合は、弦の張力を弱めること

 

通常調律時の張力を1としたとき、1音階程度下げる(張力を減じる)。反りがほぼ解消されたら、上記同様とする。

 

56月は、弦の張力(保管時)を、それまでより一段と下げておくとよい。

 

・ギターを収納しているケースは必ず垂直または水平にしておくこと(横向き=取手が上にある状態や、斜めに立てかけておくとネックに負担がかかるため)

 

・ギターケースを水平に二段重ね、三段重ねにしないこと(下にあるギターケースが荷重に耐えられず、変形するおそれがあるだけでなく、ケース内にあるギターに荷重がかかる場合もあるため)

 

・季節により、保管場所により、保管状態により、常に「適切な方法」を

  

ネックの反りは、もちろん、必ず起きるというものではありません。保管場所やギター(個体)によっては、何の配慮も必要のない場合もあります。ですがそれは結果論であり、また大多数派がそうだとも言えません。予め「変形しない場所」や「変形しないギター」を見分けることなど不可能なので、未然防止に努めるにこしたことはありません。

 

概ねの目安ですが、購入後のギターの(木材の)状態が5年ほど安定しているのであれば、それ以後、同じ保管方法で変形するということはまずありません。

 

(2) 電装部品の機能保持

 

これは主に、エレキギターおよびエレアコに関する事柄です。アンプと共通するところが多く、特に湿度(腐蝕)に注意していれば問題はありませんが、車の中など50度以上になる場所に置いておくと故障する確率が極めて高くなります。

 

また、湿度が65%以上あるような場所に長期間保管してはいけません。とは言え、保管環境を最優先して生活するわけにもいかないので、ギターケース内に湿度調整材(米粒でも可)を入れてこまめに管理をするとよいでしょう。梅雨から夏場にかけては、乾燥材を追加的に投入しておくと効果的ですが、乾燥材は10月以降の乾燥期には取り除きましょう。なお、湿度調整材の性能を過信せず、基本は保管環境そのものをなるべく良好に整えることです。

  

ボリュームやトーンノブ、トグルスイッチ類については、操作しないと作動性と通電性能が落ちます。ギターに風通しをする際、各ノブを10回以上は左右に回すようにしましょう。トグルスイッチは上下(または機種により前後)にカチカチと10回程度の切替を繰り返しましょう。また、できればそのおりに、アンプに繋いで双方に通電しておくことが望ましいです。(頻度は、23カ月に1度程度)

 

なお、電装品は消耗品ではありますが、使用頻度が低ければ数十年程度なら機能を維持できます。故障したら、部品を交換するのではなく、可能な限り修理によって再生すると音質の変化を最小限に抑えられます。

 

 

 

 

2.美観の維持

  

(1) 保管上の注意

 

これは、後で説明するギターアンプの保管とほぼ同じです。なお、ケースに収納されていることを前提にお話しします。

  

・直射日光に当てないこと(特に510月の間。ガラス越しでも同じ。ケースもギターも傷める。)

 

・湿度や温度が高い場所に長期間保管しないこと(エレキギターは電装品や金属部品の酸化が進みやすく、その他にネックやボディの変形リスクがある。)

 

・冬場、戸外と殆ど変らないような低温の場所に保管しないこと

 

・風通しの良い場所に保管すること(困難な場合は定期的に好天時にケースから出し、順次風通しの良い状況を作ること。23カ月に1度程が望ましい。)

  

(2) 取り扱い時の注意と手入れ

 

ギターを弾かない場合でも、例えば機能を維持するために、また、錆の有無や塗装の状態を確認するために、手に取って触れることがあるでしょう。そのおりの留意事項と、望ましい手入れの仕方について記しておきます。

  

・直射日光に当てないこと(トップコート、顔料が深刻なダメージを受ける。木材も光酸化を受ける。)

 

・ギターに触れるときは丁寧に扱うこと(特に持ち歩く時に打痕がつきやすいので、要注意)

 

・ジャックからプラグを抜くときは、慎重に行うこと(抜き差し時にボディやジャックを傷めやすい。)

 

・ラッカー塗装のギターは、手で触ったら、必ず脂分や汚れを拭きとってから収納すること

 

(ラッカー塗装では長期間これを放置するとシミになる。専用クロスで拭き取るのが基本)

 

・汚れは微量の水をつけたティッシュペーパーで拭うこと(清掃溶剤より、よく落ち化学反応が起きにくい。)ただし、水分は柔らかいクロスで速やかに拭い去ること

 

・金属部分の汚れもティッシュペーパーで拭うこと(同じく水分を素早く拭い去ること)

 

・金属部分の曇りは、専用の輝度復活剤で手当てすること(研磨粒子を含まないまたは微量のもの)

 

・金メッキの部品は、空拭きにとどめること(清掃溶剤、研磨剤を使うとメッキが簡単に剥げる。)

 

・塗装面の美化、復旧には表面平滑剤を用いること(研磨粒子を含まないまたは微量のものに限る。)

 

・ラッカー塗装のギターの場合、上記溶剤の選定には特に注意すること

 

 とくに生産後間もないギターは塗装が安定していないので、溶剤を使ってはいけない。

 

塗膜保護のため、2年に1度は清掃後に上質のミンクオイルを薄く塗布してもよい。(ラッカーは、乾燥によってひび割れが生じやすい。塗布後は専用クロス等で丁寧に何度も空拭きすること)

 

・ポリウレタン塗装のギターの美化には、清掃後に高分子輝度復活溶剤を用いること

 

(バイク部品等販売店で透明ウィンドウ用の溶剤が効果的。要空拭き。)

 

・ギターケースは、ふつう硬化ウレタン樹脂か人工皮革の表皮で覆われているので、高分子輝度復活溶剤で手入れが可能。

 

 本革の表皮にはミンクオイルを薄く塗りつけてから、乾拭きすると長期間良い状態を維持できる。

 

・チューナー(マシンヘッド)のギアには、2年に一度程度は必ず良質の潤滑油かグリスを注油すること(密閉型のものも注油が望ましいが物理的に困難なので放置しておいてよい。)

 

・ケースに収納する前は、掃除が終わった後で、弦に専用の油を塗布しておく(長期間錆を防げる。)

 

このとき弦用のオイルがボディ等に付着したら拭き取ること(指板への付着に注意)

 

・弦は早く錆び、他の金属部品に錆を移ので、使用しない場合でも交換すること(最低でも1年に1度)

 

・屋内の可視光でも光酸化を受けるので、用を終えたら早めにケースに収めること

 

次の事柄を補足しておきます。

 

ギターが新しい(または十分に美しい)うちに、万一、打痕が付き、かつ深い傷ではなければ直ちに修理すれば、ラッカー塗装の場合、ほとんど全く傷跡が分からなくなります。ただし、第三者に譲渡する場合、価格が下がる可能性もあります。(修理済みなので上がる可能性もある。)

 

ポリ系は、どちらかと言えば部分補修痕が分かりやいので、目立たない場合は放置しておいた方がよいのではないかと思います。

  

ところで、塗装表面に入ったひび割れは「クラック」と呼ばれています。木肌の露出とともに、昨今はこれを「風格がある」などとして人気があります。そのおかげで、ひび割れて傷だらけになった古いギターにも結構な値が付いています。この傾向は将来とも変わらないかもしれません。しかし、ビンテージギターの市場において、クラックの生じたものとそうでないものとでは、同一品なら明らかに後者の方が高額で取引されています。それは、車でも陶器でも絵画でも時計でも切手でも、ありとあらゆる骨董品に共通します。

 

先にも触れましたが、ラッカーのクラックは容易に補修ができます。ただ、古いギターの場合、部分補修をすると返って目立つため、美しくしようとすれば、結局は全面塗り直しとなるでしょう。結果は当然、新品のようになりますが、いかにもビンテージギターらしい風合いは損なわれます。

 

なお、トップコートを塗り直したギターは、売却する場合、補修されたギターとほぼ同じ扱いを受けます。何よりも、クラックを生じさせないことが肝要でしょう。先の箇条書きの大半はクラック防止にも役立つものです。

  

金属についても触れておこうと思います。

 

先ず、ボディに入れ込まれたネジから。ネジは真っ先に錆を生じます。初期は表面が白濁し、やがて濃い灰色に変化、そして完全に酸化されて赤錆になります。他の金属部品を侵食する可能性が高いので、赤錆になる前に交換することをお勧めします。交換せずに研磨してもいいのですが、長持ちしません。何度も研磨しなくてはならない上、そのたびにネジを巻き上げるので、ネジ穴(木製)の溝を削ってしまいます。

 

ネジと弦は、湿度のバロメータです。これらが急激に錆びるとしたら、その環境は、塗装にも電装部品にも良くないということを覚えておいてください。

  

次にフレットについて。

 

フレットは、ギターをよく弾くこと、その後必ず布で丁寧に空拭きする(エッジ部分も拭く)ことで、目立つような錆が生じることを防げます。けれども放置しておくと、簡単に錆びて白濁します。フレットは弦の下にありますから、弦とフレットの間で光が乱反射して、しばしば白錆に気づかないことがあります。弦の下までをよく見ておくようにしましょう。

 

フレットはその内部まで錆びると、「打ち直し」と呼ばれる交換作業が必要になります。これは弾き込むと磨り減るので古いギターでは珍しくはありません。ただ、古いフレットを抜き取るとき、指板内に打ち込まれている楔形の先端部位が指板の一部を少し削り取ってしまいます。使用頻度が高くてフレットが擦り減ってしまったギターの場合は仕方ありませんが、そうではなくて、十分に山が残っているにもかかわらず、錆びついているからフレット交換しなければならないとしたら、それは無駄に指板を痛めることですから、錆びる前に手入れをすることが重要です。錆の前兆は曇りです。それが何であれ金属部品に曇りが見えたら、くれぐれも早々に先の箇条書きに示した方法で手入れすることをお勧めします。

 

ところで、その手入れの方法について少しばかり注意事項があります。ここでも「指板」が問題になります。表面平滑剤や研磨剤は(超微細コンパウンド;これを使う時は手入れを怠った証しとも言えますが)指板に浸透します。それが研磨剤であれば指板表面をも少しずつ削り取ることになります。フレットを磨く時は従って、メンディングテープなどで指板部分を覆い(保護して)、溶剤がフレットだけに作用するようにしましょう。

 

なお、金メッキとニッケルメッキは必ず曇ります。金メッキの方が、塗膜が極薄のため(また純金ではないため)、曇り始める時期も進行も若干はやくなります。

 

ニッケルメッキは二度や三度の軽い研磨では何ともないのですが、蒸着皮膜が非常に薄い金メッキは、研磨すればたちまち剥げ落ちます。金属の美観を保つには、できるだけ小まめに空拭きすることが重要です。

 

一般に、上記メッキのいずれかが、ハムバッカーのピックアップカバーやブリッジおよびブリッジサドル、テールピースなどに施されています。これらの白濁を防ぐことはほとんど不可能ですが、使用後の乾拭きで比較的良い状態をキープできます。

  

他方、クロームメッキは長持ちします。これは主にチューナーやFenderタイプのエレキギターのブリッジ、ボリューム/トーンコントロールノブなどに使われています。柔らかい布で空拭きを怠らなければ数十年間は輝きを失いません。(もっとも、空拭きなどの手入れが物理的に困難な部位があると、長期的にはそこから錆びが進行します。)

 

小部品や細かい部位の掃除には綿棒を使うといいでしょう。また、弦用オイルは吹き付けタイプではなく、塗り付けタイプを選ぶと指板への浸透を防げるし、周囲に飛散することもありません。