(2)木材の種類
ここでは、主にギターに使われる樹木の種類を紹介します。ギターやアンプには多種多様な材が用いられていますが、その中でもポピュラーなものを取り上げました。
はじめにお伝えしておきたいことが3つあります。
先ず、ギターにおける木材の種類の重要性についてです。樹種は、ギターの音色や出音を決めるうえで極めて重要で、このことは疑うべくもありません。けれども、良いギターを作るにあたって、または購入するにあたって、個体差の大きな個々の木材からどれを選ぶかという選定作業や、含水率の調整、板取り(良い音が出る部位の選定)、またそれをどのように組み上げていくか等々のルシアー(Luthier:ギター製作職人)の技の重要性を凌ぐほど決定的な役割を果たすものではないということです。
次に、木材の名称がどのような性格のものであるかについて。
材木流通業界では、水産業と同じように、木材という「商品」の生物学的帰属がどうであれ、つまり目や科、属、種が全く異なっていても、見た目や性質が似ていれば、しばしば、著名な樹木名または流通名が付されて取引されます。例えば、家具材などではユーカリが「何々オーク」という名で売られていますし、楽器業界でも、マメ科でない木が「ローズウッド」として取引され、何の説明もなく消費者の手に渡っています。
このような状況は、「マホガニー」でも「メイプル」でも、およそ人気のある樹種ならどれも同様の傾向にあります。いずれも流通名、英名、現地名、世界的または地域的通称が、ある種巧妙に混同され、消費者が樹種を同定するのを難しくしています。人気の高い、つまり需要の大きいこれらの樹種はどれも、よく似た木目や質感を持つ他の樹木を幅広く巻き込みながら一つのブランド・ネームの中核へと昇華され、やがてはその中の一つの樹種として埋没していくようです。
ギターに用いられるポピュラーな木材には、次のようなものがあります。
メイプル アルダー アッシュ
マホガニー ローズウッド エボニー
スプルース セダー(シーダー)
順次説明をしていく前に、あと一つ、前もって言っておきたいことがあります。それは、これからのお話で頻繁に出てくる木材の「比重」についてです。脚注でお伝えしてもよいのですが、全体にかかることなので、ここに記すことにしました。
さて、「気乾比重」と言う言葉が出てきます。これは、気乾材(日本では概ね15~25%前後の含水率の木材)の比重を言います。すでにお話した繊維飽和点の比重とは必ずしも同一ではありません。一般にこれが大きいほど、重硬な音色でsustainが長く高音域が明瞭になり、反対に、小さいほど明るい音色でsustainは短く、音の反射が早い印象を受けます。また、音が前面に出やすくなるので、目安として示すことにしました。
但し、学究的計測では、含水率の値を決めてから複数の試料を実測し、その平均値を提示するのが定石ですが、商用では、出所不明の資料の数値が用いられることが少なくありません。このため、同じ樹種であっても、その「気乾比重」の値にはバラツキがみられます。
ここに示す気乾比重についてですが、実はどのように計測されたものか明らかではありません。 可能な限り平均値が示されているものを選択しましたが、計測誤差が「~」で示されたものや、何ら説明のない数値も取り入れざるを得ませんでした。なお、含水率とともに示されているものは信頼性が高い値だろうと推測して、他の資料から得られる数値を排除してこちらを選択しました。例えば、[0.6/m.c.12%]という値は、含水率12%時の気乾比重を示しています。[m.c.15%]だと、比重は当然大きくなるので、これらの個体を同列に比較することはできなくなります。このような事柄に留意して読み進んで下さい。
因みに「全乾比重」とは(これは出てきませんが)、含水率が0のときの木材の比重です。
1)メイプル
「メイプル」とは、カエデ科Acer属(北半球に約110~150種が分布)のうち20種前後の樹木の総称です。生物学的な近縁性とは関わりなく、一般にハードメイプルとソフトメイプルに大別されています。
ソリッドギターでは、主にネックと天板に用いられ、エレアコやアコギではボディ材にもまります。ネックに使用されるのは、ふつうハードメイプルのみです。ボディには、エレアコではハードメイプル、アコギではハードとソフトの両メイプルが使われます。
出音は、特にハードメイプルでは高音域が力強く、音抜けと反射がよい。その分、柔らかな味わいや中低音域の音量は不足しがちです。エレアコに用いられるのは、まさにその中低音域の特性によって、スプルースなどよりハウリングしにくいからです。
なお、メイプルは広葉樹です。誤解している人もいますが、木目が粗い(広い)ほど強度が高いと言われます。
①Hard Maple
ハードメイプルの音質は極めて硬く、音の張りと歯切れの良さが特徴です。エレキギターではこれを天板にし、マホガニーのボディと組み合わせることが多い。アコギでは、主にシトカスプルースの天板と組み合わされ、カントリーなど歯切れのよさを求める音楽に使われます。
原産地はカナダ・アメリカ北東部。比重0.69~0.72。優れた耐久性と弾力性を持っています。堅さはやや落ちますが、引っ張りや曲げ試験では高い強度を示し、特に耐摩擦性が高いと評価されています。難加工材で、乾燥は遅く、劣化は殆どありませんが、収縮が大きい(未乾状態から含水率12%まで乾燥させると、接線方向に5.0%、半径方向に2.5%ほど縮むというデータあり)。
乾燥後も多少の伸縮があり、その安定性は中程度です。心材には耐朽性はありません。辺材、乾燥した心材ともに害虫に浸食されやすいとされています。辺材の幅は広く、心材との区別は不明瞭です。肌目は細かく平滑で光沢があります。
ハードメイプルのうち、東部産のEastern Maple(①Acer saccharophorum, ②Acer glabrum, ③Acer saccharum nigrum等)は、とくにHard Rock Mapleとも呼ばれます。
中でも、木目に炎を連想させる不規則な横縞が浮き上がっているものは、カーリーメイプル(Curly MapleまたはFiddle Maple;トラ目)と呼ばれ、また、その横縞が直線に近い規則正しさを示すものをフレイムメイプル(Flame Maple)といいます。この2種は稀少材として珍重されている。
ただ、ともに、単にHard Mapleと称されることもあり、④Acer grandidentatumや、⑤Acer Floridanumが混在しているとの指摘もあります。さらに、近年ではソフトメープルなのにカーリーメイプルやフレイムメイプルの呼称が付されているケースも見かけるようになりました。
Hard Rock Mapleは、天板やネック程度の面積ともなれば、どこかにフレック(fleck)と呼ばれる「班」を伴っています。これは木材中の鉱物質からなる「こげ茶色の小さなシミ」で、病気ではありません。
フレックの点在密度は様々ですが、比較的よく目につきます。これが多数確認できなければ、生育土壌との関係からして、Hard Rock Mapleではないと言われます。僅かなフレックがあるからといって、その材がすなわちHard Rock Mapleであることの証しとはならないようです。
ところで、ごく小さな円形模様が広範囲に散在するメイプルがあります。
これはバーズアイメイプル(Bird’s Eye Maple;鳥眼杢)(注)1と呼ばれる材で、一般に無条件にハードメイプルとされます。しかし植物学の図書等によれば、この杢は、気乾比重0.6前後/m.c.12%のソフトメイプル(ex.⑥Acer dasycarpum等)にも現れるようです。一種の病痕と考えられています。
(注)1 バーズアイが採れる確率は、0.05%(2000本に1本)とも言われています。
しかも,典型的な鳥目模様は表面から5分の1の部位にしか見られないとのこと。
このため価格は、一般的なハードメイプルの20~50倍ともなります。
但し、杢の分布密度が低い材は5~7倍程度の価格に収まるようです。
カーリーメイプルとバーズアイメイプル、この2種類の「銘木」はいずれも、ネックに用いるとしばしば反りや暴れが生じます。中堅楽器メーカーや複数の工房の話では、バーズアイは季節の変わり目に、捻じれるような状態で暴れる材が多く、カーリーでは順反りと逆反りを繰り返す材も少なくないとのことです。
ところが、これらの現象について、大手メーカーは「殆どありません。ふつうのメイプルと全く同じです」と言い切り、別の中堅メーカーは「いろいろです。一概に言えません」と言っています。 このさまざまな見解のうち、最後の話しが最も妥当なように思えますが、どのメーカー、工房からも十分に納得できる解説は聞けませんでした。暴れるバーズアイやカーリーは、実はソフトメイプルなのかもしれません。さらに憶測すると、要はシーズニング不足ということではないだろうかとも考えられます。
②Soft Maple
用途は概ねHard Mapleと同じだですが強度や硬度は落ちます。音質は、ハードメイプルと比べると柔らかく、ピッキングへの反応も遅くなります。高音域の出方が弱めなので、ボディの鳴りを感じやすいという面があります。
原産地はカナダ・北東部アメリカ。比重は0.55~0.61。①Silver maple(Acer saccharinum)、②Red mapleまたはScarlet Canadian maple(Acer rubrum)、③Big Leaf mapleまたはPacific maple(Acer macrophyllum)、④White maple(Acer dasycarpum)等がソフトメープルと呼ばれています。ただし、シカモア(後述)もこの名称で流通していることがあります。
美しいキルトは樹木の表層部だけに現れ、特に高値で取引されていますが、その同じ樹に、真っ直ぐの規則正しいトラ目の部位が生じることもあるようです。トラ目のものはしばしばフレイムメイプルと混同されています。
なお、米国でFlame mapleとかGreat mapleと呼ばれているのは、実はSycamore maple (Acer pseudoplatanus)、つまりシカモアだとのレポートがあります。(University of Illinois) 種名に付けられている“pseudo”は「偽の」という意味の接頭語です。この樹は、American planetree, Buttonwood, American sycamore, Buttonball-tree とも呼ばれ、米国のほかヨーロッパ中部及び西アジアにも分布しています。
木質はソフトメイプルよりさらに柔らかく、直線的なトラ目がよく出ます。一般には安価で、しばしば安価なギターに使われますが、使われるフランス産のものは白く絹のような光沢を持ち、別格扱いとなります。中でも、木目の間隔が狭く均一で美しいトラ目を持つものは、木質密度が高く、高級バイオリンやギターのボディ材に用いられています。
2)アルダー
アルダー(英発音ではオルダまたはオーダ)は、カバノキ科の広葉樹ハンノキで、気乾比重0.4~0.5。ギターに用いられる代表種は、①Red Alder(Alnus rubra)です。ほかに、②Green Alder(Alnus veridis crispa)、③Common Alder(Alnus glutinosa)などが用いられているようです。この材は、Fenderタイプのエレキギターおよびベースに使われており、その他のメーカーまたはモデルタイプではほとんど見かけません。
音質について述べるのは、比較できるギターが少ないので難しいのですが、同じFenderタイプのギターでアッシュやマホガニーのものと比べることはできます。ライトアッシュとの比較では、音の芯が太く感じられ、ホワイトアッシュとの比較ではピッキング反応が鈍く感じます。両アッシュとの比較で共通しているのは、音色に粘りというかしっとりとした艶やかさがあることです。その粘り感や太さは、質の悪いマホガニーを上回ますが、ピッキング反応はマホガニーに劣ります。
産地は米国西海岸、特に北西海岸地域です。材は伐採時には白色ですが、酸化により淡紅褐色や淡黄褐色に変わります。心材の形成は樹齢が高いものに限られ、形成後も辺材との色差はあまりありません。木目はふつうは直通しています。
アルダーは、広葉樹にしては柔らかい材で剛性は低めです。害虫や細菌の浸食に弱く保存性はよくなく、特に芯材は腐りやすいようです。薬液の浸透性が高く防腐処理に適していますが、一般にギターには防腐処理を施されていない材が使われます。曲げおよび衝撃強度には優れており、乾燥後の材の安定性も高い。乾燥は速く乾燥時の損傷もほとんどないと言われています。
3)アッシュ
アッシュは、エレキギター/ベースのボディに用いられます。モクセイ科トネリコ属の広葉樹で、ギター用材として重要な樹種は 、①ホワイトアッシュ(White Ash, アメリカタモ、アメリカトネリコ:Fraxinus americana)と、②ライトアッシュ(Black Ash or Swamp Ash or Hoop Ash, アオダモ、ビロードトネリコ:Fraxinus nigra)です。
商業材としての「ホワイトアッシュ」には、グリーンアッシュまたはレッドアッシュ(Green Ash or Red Ash:Fraxinus pennsylvanica)、時にはブルーアッシュ(Blue Ash:Fraxinus quadran-gulata)が含まれています。同じく、「ライトアッシュ(またはスワンプアッシュ)」には、パンプキンアッシュ(アオダモPumpkin Ash:Fraxinus Profunda)やオレゴンアッシュ(Oregon Ash:Fraxinus latifolia)が含まれています。
トネリコ類は、環孔材のため明瞭な年輪模様を持ち、木理は通直です。メイプルほどではありませんが装飾的価値が評価され、高級家具にも用いられています。重さにはかなり変動があり、一般に生長の遅い木ほど比重が小さい(軽い)と言われています。
ホワイトアッシュ(Fraxinus americana)は、カナダのオンタリオ州南部から太平洋岸にかけての広い地域の、河川や渓谷に沿った湿潤な土壌に分布するトネリコ属最大の樹種です。辺材は白色、心材は灰褐色から淡褐色や、褐色の条が入った薄黄色までさまざまです。かなり重硬で(気乾比重0.69~0.70)、曲げ捻り強度があって耐久力にも富みます。
その他の「ホワイトアッシュ」も概ね同様の傾向と言えるますが、比重がやや軽く、弾性が劣るので、やや脆いとの指摘もあります。因みに、グリーンおよびブルーアッシュも北米全域に分布していますが、特に中東部から多く産出します。
どのアッシュも、セカンドグロース(2次林)から採取される木材は、成長が早いうえ幅広い辺材を有しているため、オールドグロース(天然)の老木より大きな需要があります。そのぶん気乾比重が軽めになるので、低音の出方が弱くなると言われますが、それでもホワイトアッシュの場合で 0.60程度はあるのでバランスの良いしっかりした音が出せます。(F. americanaを除く)
既述のように、アッシュと言っても少なくとも6種類の材が使われているので、個体差、材の状態、ルシアーの技とクセなどによって、とりわけ楽器として出来上がった時点での出音の違いは少なくないと言えます。
スワンプアッシュ(F. nigra)は、北米東部に分布しています。「ライトアッシュ」とも呼ばれますが、これはもともと日本での流通名です。葉は狭卵形の緑色で、裏面がビロード状のためビロードトネリコとも呼ばれます。
軽量(気乾比重0.54)な軟材で、容易に薄くせん断できるので、作り手からは歓迎される木材です。オレゴンアッシュは西部太平洋 沿岸部に生育するやや小ぶりな樹種ですが、気乾比重が0.60以上あり強度、硬度、弾性のいずれもやや高いので、経験と知見のあるルシアーには好まれる材だと言われています。
さて、アッシュの音質ですが、これも比較できる対象がFenderタイプのギターが中心になります。
アルダーとの比較では、明るく明瞭で張りのある出音が得られますが、艶やかさや低音・中音・高音の出方のバランスの良さはアルダーには及びません。
また、ホワイト、スワンプの両アッシュを比較すると、明らかに音色や出音特性が異なります。
ホワイトアッシュは力強く、明瞭に音の芯を感じ取ることができます。また、息の長いsustainが期待でき、全般にハードメイプルの高音成分をやや抑えたような感じと言えます。エレキギターに適した良い材だと思いますが、メイプルと同じく重いのが難点です。
スワンプアッシュは、アルダーやホワイトアッシュとの比較では、中高音の音抜けが良い半面、明らかに低音の出方が弱くなります。また、明るく張りのある特性は共有していますが、音の輪郭が少し円やかというか、エッジ感にやや丸さがあります。力強さやsustainではホワイトアッシュに劣りますが、ピッキング反応はホワイトアッシュに勝ります。
マホガニーとの比較では、ホワイトアッシュは、もし同じ作りのギターを比重の大きなアフリカンマホガニーで作ったとしたら、それに似ているかもしれないと思わせるところがあります。つまり、重く硬く力強い音です。そして、ホンジュラスマホガニーほどの音抜けやピッキング反応の良さは得られません。Sustainはマホがニーと同程度以上に良好ですが、力強さについてはホワイトアッシュの方が勝っているように思います。
4)マホガニー
マホガニーは、ギターではボディとネックに用いられます。
①マホガニー
Mahoganyとは、もともとアカネ科の散孔樹であるSickingia salvadorensis(気乾比重0.68 ※0.79というデータもあり不詳)のことでした。この木は、今日、Mahoganyとして流通しているセンダン科(Meliaceae)のSwietenia属等の木々とは、科からして異なるまったくの別種です。
分布は中米南部から南米北部に及んでいますが、Swietenia属の何種かにMahogany名が冠されるようになって後、キューバマホガニー(Cuban mahogany、Dominican mahogany、Jamaica mahogany)などと呼ばれるようになりました。材質は、Swieteniaのような光沢はないものの、切削面が非常に滑らかで、古くから調度品や家具、楽器に用いられてきました。現在では希少なものになり、端材は流通していますが、大きさのある良材を入手するのは困難になようです。
実はもう一つ、Cuban mahoganyと呼ばれる木があります。それは、センダン科のSwietenia mahagoni(気乾比重0.72)で、Spanish Mahoganyとも呼ばれています。分布は上記のSickingia salvadorense と重なりますが、さらに西インド諸島や北米南部にまで広がっています。楽器業界でCuban mahoganyと言えば一般にはこの木を指します。ただし、日本ではルシアーやユーザーの手元にわたる前のどこかの段階で前記のSickingia salvadorensisとの区別が曖昧になるようです。
この木も、数十年以上前から乱伐により枯渇し始め、今や事実上入手不能で、取引するにしても厳しい規制がかけられています。(全個体群についてワシントン条約(以下CITES)の付属書2類指定) 近年輸入した材であれば、CITESに基づく輸出入の許可書類が必須となるので、材を輸入する商社が両者を混同するはずはないのですが、末端の取引で区別されているようには思えません。ただ、Swietenia mahagoniの方は、所有者がCITESの書類(輸入許可証等)を保管する義務を負うので、書類の提示を求めることで真偽がはっきりします。これは、ブラジリアンローズウッドの場合と同様です。
さて、これらの希少材に代わり、1950年代中頃からセンダン科Swietenia属macrophylla種(新熱帯地域の個体群に限りワシントン条約付属書2類指定)が、Mahoganyとして流通し始めました。その代表的な亜種が、Honduras mahogany(Mexican mahogany, Big leaf mahogany or Brazilian mahogany:Swietenia macrophylla King)です。気乾比重は0.69。
ややこしいのですが、このHonduras Mahoganyについても、同名で呼ばれる木が別にもう1種あります。Swietenia humilisです。同じくCITES附属書2類に指定されるこの木は、Mexican mahoganyやPacific coast mahoganyという別名でも呼ばれます。気乾比重は0.65とmacrophylla Kingより少し軽めですが、音質面ではほとんど違いはないようです。
楽器業界ではこのように、マホガニー(キューバマホガニー;Swietenia mahagoni )の流通が滞ってから、ホンデュラスマホガニー(Swietenia macrophylla King とSwietenia humilis)が後継材となりました。ホンデュラスマホガニーはかなり「本物のマホガニー」に近く、若干軽量ですが、よく似た柔軟性と強度、狂いの少なさを持っていると言われます。
音質は、一般に明るく、音抜けが良いのが特徴です。ピッキングフォローにも優れます。また、9kHz辺りから上の高音域がやや抑えられる印象で、特有の暖かみが感じられます。
②アフリカンマホガニー
現在、マホガニーの名で流通している木には、上の種とは無関係なものが20種以上含まれているようです。
一例に、GIBSONでは、1950年代からアカジョアフリカ(Khaya grandifoliola)をAfrican Mahoganyの名で廉価モデルに使用してきました。その気乾比重は0.72~0.80と重硬で、曲げ・捻り・引っ張りのいずれの強度にも優れてます。そのためネックに適していますが、そのぶん音色はホンデュラスマホガニーと比べて若干硬質になるともいわれています。Martinでは中価格帯のギターのネックに用いています。
ほかに、Khaya anthotheca(気乾比重0.57~0.63)やレッドマホガニー(Red mahogany:Khaya nyassica)、サペリ(Sapelli:Meliaceae Entandrophragma cylindricum Sprague、気乾比重0.65)などの樹種があります。総じて木理が粗く、見慣れてくるとホンジュラスマホガニーと見分けやすいと思います。ただし、サペリは比較的Swieteniaに近い滑らかな肌理を持っています。
音質だが、アカジョアフリカは強いて言えばマホガニーとメイプルの中間のような出音です。演奏ジャンルを問わないバランスのとれた出音と言える。サペリは、全体にやや鈍い音色で、個人的には音の張りも弱いという印象を持ちます。
③マホガニー(?)
「マホガニー」はまだほかにもあります。
例えばフィリピンマホガニー(Philippines Mahogany)ですが、これはラワン(Lauan)の別名です。ラワンは、フタバガキ科に属する一部の樹木を総称するフィリピン名で、サラノキ属(Shorea)、パラショレア属(Parashorea)、ペンタクメ属(Pentacme)の3属約10種からなっています。これらは、一般的に木材の色調を基に、レッドラワン類(Red Lauan:心材は赤褐色~濃赤褐色)、ホワイトラワン類(White Lauan:心材は淡灰白色~淡桃褐色)、イエローラワン類(Yellow Lauan:心材は淡黄白色~淡緑黄色)の3グループに分けられます。マレー語圏では、メランチ(Meranti)またはセラヤ(Seraya)と呼ばれています。
狭義のラワンとは、White Lauan(気乾比重0.59~64)やRed Lauan(気乾比重0.48~53)等のフタバガキ科Shorea属のAnthoshorea, philippinensis, bracteolate等の種を指します。
フィリピン、マレー産のものがメランチ、インドネシア産はセラヤですが。ともに輸入段階ではラワンに、そして消費者に販売される過程でマホガニーと名称が変わります。見かけはSwietenia類によく似ていますが、両者を比べると音抜けが悪く、ピッキング反応も鈍いと言えます。
5)ローズウッド
ローズウッドは、マメ科ツルサイカチ(またはヒルギカズラ)属を指すDalbergia種のうち、バラのような香りが特に強い木の総称です。しかし現在では、それらに色や材質などが似た材もそう呼ばれ、8科20属35種を包含しています。
ふつう、エレキギターでは指板、アコースティックギターでは指板とボディ(側面と背面)に用いられます。マホガニーと比べると低音が太く、高音域は煌びやかで艶があります。反面、音色の明るさや暖かみは抑えられる印象です。
指板に用いた場合、厚みが同じであればメイプルより柔らかく暖かな音色と感じます。ですが、肉厚のものになると、本来の比重に相応しく硬く引き締まった出音となります。ネックに使った場合、メイプルやマホがニーと比べてエッジ感は弱まるものの、低音と高音が埋没しない硬質な音になります。
①紫 檀(インドローズなど)
そもそもローズウッドとは、Dalbergia sissoides (en: Dalbergia sissoo)を差しました。これは、インド、パキスタン、ネパールにまたがるヒマラヤ山麓の標高800~1300m付近のやや高地に限って分布する木です。現地名はSheesham。「紫檀」の由来です。中国人は古くからこの木を珍重し、その価値観が日本に伝わり仏壇や高級調度品などに用いられてきました。
15世紀に地中海を支配したベネチア人は、この銘木をアラビア商人を介して入手したのですが、 それは、Palissandro またはlegno di palissandroと呼ばれ、高貴な材として重んじられました。後にインドを統治者となったイギリス人は、これをRosewoodと称しました。
「紫檀」は類種が多く、いつ頃からかSheeshamが本紫檀と呼ばれるようになりました。本紫檀の成長速度は遅々としており、気乾比重は1.14~1.20と、黒檀並みに重硬です。古くから各国で最高級の調度材、家具材として愛されてきましたが、乱伐により生体数が激減し、インド政府は1970年代にその伐採と輸出を禁じ、現在もその状況が続いています。現在、インドやパキスタンのほかアメリカ中西部に植樹林があるようですが、環境が異なるため材質は劣り、気乾比重もかなり小さくなっています。(0.7~0.8)
近縁種に手違紫檀(Ching-chan:Dalbergia oliveri and Dalbergia cochinchinensis)という木ががあります。これはタイ、ビルマ、ベトナムに産し、現在はこれも「本紫檀」として流通しています。材は紫檀ほど赤くはないが、やはり他のローズウッドと比べると赤みが強く、研磨したときの光沢に優れます。気乾比重は紫檀よりやや小さいのですが、それでも0.98~1.10と重硬です。
さて、上記とは別に、インディアンローズウッド(Indian rosewood)として流通する木があります。Dalbergia latifoliaです。赤みは手違紫檀よりさらに少なく焦茶色や黒紫色の部分が多くなります。気乾比重は0.87~0.95と、インド産紫檀類の中では最も軽く軟質です。この木もインドネシアやジャワ、ボルネオ等で植林され、材木商の間ではソノケリン(Sonokeling)と呼ばれています。気候や土壌の違いからインド産より材質は劣り、気乾比重も平均0.74~0.81と落ちます。
なお、他に紅木(コウキ)または紅木紫檀と称されるマメ科で属を異にする希少材があります。英名レッドサンダー(Red sunder:Pterocarpus santalinus CITES付属書2類)と言い、インド南部に産出します。この木は重硬で美しいため乱伐され、個体数が激減しています。
これらの紫檀のうち、ギター用材としてもっとも数多く使われているのは、Dalbergia latifoliaです。ギターのカタログで単にローズウッド(Rosewood)と表記されていれば、それはたいてい、この種のことです。しかもほとんどがソノケリン(Sonokeling)です。
②ブラジリアンローズウッド
ブラジリアンローズウッド(Brazilian Rosewood:Dalbergia nigra、気乾比重0.88~0.96)は、黒色と暗橙褐色が縞状または斑状にまざった美しい心材をもち、最高級の装飾材の一つとして定評があります。ヨーロッパでは、300年程前から前記のPalissandroに次ぐ高級材として家具などに重用されてきました。老木ほど高価で、強いバラの香りがします。
1970年代中頃まで、アメリカのギターメーカーの多くは、比較的安価で安定的に入手できるこの材を使っていました。もっとも、Dalbergia nigraの音色が好ましかったという事情もあったのですが。とにかくこの材は、60年代に爛熟期を迎えたアメリカ経済と、世界的に拡大していったフォークソングブームの中で乱伐され、生体数が激減してしまいました。
やがてブラジル政府は伐採と輸出を禁じ、現在、CITES附属書1類に指定されている。別名ハカランダ(Jacaranda)と呼ばれるこの材は、現在最も人気があり、最も高価なローズウッドとなっています。
ブラジリアンローズウッドを使ったアコースティックギターの出音は、力強く、高音は煌びやかで、豊かでありながら引き締まった低音域を有しています。古いギターでは綺麗な柾目材が使われていますが、近年のものは概ね追い柾目か板目です。良質のブラジリアンローズウッドを用いたギターを合理的な価格で入手するのは、今日では不可能となっています。
ところで、ブラジリアンローズウッドの異常人気に目をつけ、昨今は多くのメーカーや商社が、消費者に誤解を与える名称を乱用しています。つまり「ハカランダ」名で、様々なタイプのギターが販売されている状況です。この「ハカランダ」とは、もともと他の幾種かの南米産ローズウッドにも用いられている現地通称なのですが、だから、この名を用いて「ブラジリアンローズウッド」を仄めかしながら実はそれ以外の木材を販売しても、触法行為には当たりません。しかし、商業倫理上、自戒すべき行為だと思います。
なお、造園や林業関係の業界でハカランダといえば、ローズウッドではなく、一般にブラジル原産のノウゼンカズラ科ハカランダ属であるJacaranda minosifollia を指します。和名はシウンボク(紫雲木)。青紫色の花をつけ、鑑賞価値の高い樹木なので、熱帯、亜熱帯の各地では街路樹として広く利用されています。
③マダガスカルローズウッド
マダガスカルローズウッド(Madagascar rosewood)はパリサンダー(Palisander rosewood)とも呼ばれ、近年、ブラジリアンローズウッドの代替種として高級ギターに用いられています。樹種はDalbergia baroni(気乾比重0.89~0.95)で、マダガスカルに産出します。
この材は、まさにブラジリアンローズウッドに最もよく似た出音と木目を持っていますが、他の良材と同様に絶滅が懸念されています。マダガスカル共和国では2007年頃から政情不安が続いていることもあり、年々入手するのが難しくなってきています。
GIBSONは、この材をブラジリアンローズウッドの代わりとして用いてきましたが、2008年に絶滅危惧種の取引を規制するレーシー法が改訂され、マダガスカルローズの輸入に強い制限がかかりました。米国メーカーがDalbergia baroniを使うことは、今後そうないと思います。
④その他のローズウッド
以下はポピュラーな材とは言えませんが、いずれも硬木で木目が美しい木材です。多かれ少なかれ希少材と言え、高級アコースティックギターのボディ材に用いられるという共通点を持っています。中でもアフリカンブラックウッド、ブラジリアンチューリップウッド、ココボロなどは、好事家の間で非常に高い人気があります。
◆アフリカンブラックウッド(African Blackwood:Dalbergia melanoxylon)
アフリカエボニー(African Ebony)、グラナディラ(Grenadille)、ゼブラウッド(Zebrawood)などとも呼ばれ、ケニア、スーダン、タンザニア、モザンビーク、アンゴラなど東アフリカのサバンナ地帯に分布。流通材の多くはモザンビーク北部産のようです。古くからクラリネットなどに使われている木材ですが、アコギのボディにこれを用いた場合、音響面でブラジリアンローズウッドを凌ぐと言われています。このため珍重されているのですが、とくにケニアやタンザニア産のものは絶滅が危惧されています。また、背が低く細い樹木であるため、虫害の跡や節目を伴わないバック材を入手するのは、容易ではありません。
気乾比重1.18/m.c.6~12%。心材は暗紫褐色で黒い縞があるためゼブラウッドの名が付きました。材の木理は細かく均一です。
なお、紛らわしいのですがアフリカンゼブラウッド(African Zebrawood)は、学名をMicroberlinia brazzavillensis(西アフリカ産)と言い、本種とは別の木です。材の色合いや模様はさらに派手です。
◆ブラジリアンチューリップウッド
(Brazilian Tulipwood:Dalbergia frutescens or Dalbergia variabilis)
ハカランダ・ローザ(Jacaranda Rosa)、パウローザ(Pau Rosa)、ピンクウッド(Pinkwood)、チューリップウッド(Tulipwood)などの名称で呼ばれています。
◆ココボロ(CocoBolo Rosewood:Dalbergia retusa)
ニカラグアンローズウッド(Nicaraguan Rosewood)、パリサンダー(Palisander、Palissandro)、ハカランダオル(Jacarandaholz)などとも呼ばれ、メキシコ、パナマ、コスタリカ、コロンビアなどに産出します。平均気乾比重1.11、植樹林産は0.89~0.91。マダガスカルローズウッドとともに、ブラジリアンローズウッドの代替材として珍重されていますが。油分がやや多く、ローズウッドの中でも難加工材とされたいます。CITES付属書第3類指定。
◆ホンジュラスローズウッド
(Honduras Rosewood:Dalbergia stevensonii)
中米ホンジュラス産で、ノガエ(Nogaed)、ハカランダ・デ・ノガリエ(Jacaranda De Noglie)とも呼ばれます。マリンバに使われていますが、一般にはツキ板用材です。CITES付属書3類。気乾比重0.815です。
◆アマゾンローズウッド
(Amazon Rosewood:Dalbergia spruceana)
ハカランダ・ドゥ・パラ(Jacaranda do para)、スプルセアーナ(spruceana)とも呼ばれます。 ブラジリアンローズウッドに似ていますが、匂いと独特の木目は明らかに異なります。アマゾン川流域産。
◆その他
・キングウッド(Kingwood Rosewood:Dalbergia cearensis )
気乾比重1.18/m.c.6~12%
・メキシカンローズウッド(Mexican Rosewood:Dalbergia palescrito)
⑤ローズウッド代替材
◆ジリコーテ(Ziricote:Cordia dodecandra)
ムラサキ科の木で、メキシコユカタン半島、ベリーズ,ガテマラ産の黒檀に似た希少材。柾目面に非常に明瞭な放射状の斑紋を持つほか、板目等では縞状、蜘蛛の巣状など豪華な模様を見せます。音質よりも、その審美的価値に魅せられる人が多い材です。
◆パーフェロー(Pau Ferro)
ラテン語で「鉄の木」を意味します。パオローズ(Paorose)またはパオロッサ(Paorosa,Pao Rosa)とも呼ばれるマメ科の木ですが、Dalbergiaとは属を異にしています。パーフェローと呼ばれる樹木は少なくとも5種あり、そのうち、ブラジリアンアイアンウッドがとくに希少な材である。
イ)ボリビアンローズウッド
(Bolivian Rosewood:Machaerium schleroxylon、気乾比重0.8~0.93)
別名モラード(Morado)。ボリビア産のマメ科Machaerium属の木理の細かい木です。指板やブリッジのほか、ボディにも用いられます。気乾比重に格差が見られますが、植樹によるものか計測手法の違いによるものか不明です。
この木は、同名のモラード(別名Purple heart:Peltogyne venosaなど)とは別種です。
ロ)ブラジリアンアイアンウッド
(Brazilian Ironwood:Caesalpinia ferrea、気乾比重1.18/m.c.6~12%)
別名アイアンウッド、レオパードツリー(Iron Wood, Brazilian Leopard Tree, Leopard Tree)。 ブラジル産マメ科ジャケツイバラ属の木で、重硬な樹種の中でもとくに難加工材とされます。それなりに音色の良い木と言われていますが、音よりもむしろ木目の美しさに価値のある材のようです。
ハ)パオロッサ
(Pao Rosa :Swartzia fistuloides ; en. Bobgunnia fistuloides)
Bobgunnia fistuloidesと同一視する記述と別属別種とするものとがあり、その異同は定かではありません。Swartziaは赤道アフリカ産マメ科ソラマメ亜科の木で、モザンビークではPau Ferro、コンゴでKISASAMBA、ガボンでOKENと呼ばれているようです。Swartzia fistuloidesの気乾比重は1.09、曲げ強度149N/mm2(含水率12%)と、硬質で頑強な材です。木目はDalbergia latifoliaに近く,その代用として使われています。
※Swartzia madagascariensis(マダガスカル亜種)
ホ)パーフェロー(Pau Ferro:Machaerium villosum)
この木は、その生息数の減少から2006年、IUCN Red Bookに絶滅危惧種としてリストアップされています。ハカランダ(Jacarandá-do-Cerrado, Jacarandá-Pardo, Jacarandá-Paulista, Jacarandá-Pedrais)またはモラードとも呼ばれ、ハカランダに似た性質を持つとされています。気乾比重0.70~0.92。
以下は、ローズウッドの約半分のコストで調達できる代替材です。トーンウッドとしての品質が劣るかどうか私自身は知りません。けれども、日本では不当と思われるほど高額で販売されています。
◆パドゥーク
(Padouk:Pterocarpus soyauxii, P.osun, P.cabrae, P.tinctorius)
カメルーン、ザイール、ナイジェリア、コンゴに産し、アフリカンパドゥク、パドックとも呼ばれます。染めたような真っ赤な色だが光酸化で暗褐色になります。マメ科でカリンなどと同属。
◆ブビンガ
(Bubinga:Guibourtia tessmannii, G.pellegriniana, G.demeusei)
カメルーンからザイールまでの赤道アフリカ産で、マメ科のオバンコールと同属。心材は桃褐色から赤色で濃色の縞を持ちとても綺麗です。気乾比重1~1.13。しばしばAfrican Rosewoodの名で知られています。
◆パープルハート
(Purple heart:Peltogyne densifloraを含むPeltogyne spp.)
先に挙げたモラードとは別種で、別名はバイオレットウッド。熱帯南アメリカに分布し、北はパナマ,トリニダッドに及んでいますが、大部分はアマゾン周辺地域で採れます。心材は新鮮なうちは褐色ですが、光酸化で染色したような紫褐色ないし濃紫色になります。非常に硬く耐久性が高い。マメ科に属するこの属には、現在27種が知られています。
◆ボコーテ(Bocote:Cordia elaegnoides)
Mexican Rosewoodの名で知られていますが、④で挙げた同名の樹種とは別です。Mexico Bocoteとも呼ばれ、コントラストの強い、黒、黄金色の木目を持っています。
◆グラナディーロ(Granadillo:Platymiscium yucatanum)
この木材の色彩は、産地によって赤みがかった茶色から紫っぽい橙黄色まで多様です。全般的な印象はココボロに似ていますが、少し地味な印象があります。アフリカンブラックウッドも同じ流通名を持っているのですが、別種の木です。
6)エボニー
エボニー(Ebony)は専ら指板に用いられます。但し、アコギやクラシックタイプのエレアコではブリッジやペグに用いられることもあります。数ある樹種の中で最も歯切れの良い音で、とても素早いピッキング反応を持っています。また、sustainの息の長さでも知られています。その音質と物理的な硬さ(および弾性の低さ)ゆえに、一般にボディ材としては使われていませんが、まれに同属のマッカーサーエボニー(縞黒檀)がアコギのボディに用いられることがあります。
エボニーはカキノキ科カキノキ属(Diospyros)の広葉樹で、主にインド~マレーシアに分布しています。芯材の色は、黒色、帯青黒色、また、白色または淡紅色の縞が入ったものもあります。 木理は通直で、裁断面は極めて緻密で光沢があります。黒色の心材を有するものが黒檀と総称されています。
幾つかの同属の木材のうち、インド南部からスリランカに産し、全体が漆黒で、光沢の強い木をEbony(Diospyros ebenum)と呼びます。和名で「本黒檀」。古くから紫檀と並び貴種として尊ばれてきました。気乾比重は1~1.2/m.c.12%と重硬ですが、その割には加工しやすく、後の狂いも少ないと言われます。
因みに、代表的な「唐木(からき)」とは、黒檀、紫檀、タガヤサン、花櫚の四木を言います。
黒色と灰褐色または帯紅褐色が縞をなすものは、①Diospyros macassar(マッカーサーエボニー:Macassar ebony, Indian ebony or Coromandel or Calamander wood or Indonesian ebony 平均気乾比重1.09 )または②Diospyros celebica(マッカーサーエボニー:Macassar ebony 平均気乾比重1.07)で、和名を「縞黒檀」と言います。これは、東インドネシア、セレベス、フィリピンなどに分布し、一般に本黒檀よりやや低く評価されています。とは言え近年では、その模様が珍重され、この木をボディに用いたギターは、かなりのプレミア価格で販売されています。
「青黒檀」は、やや青緑色を帯びた黒色で光沢はそれほど出ません。最も重硬と言われていますが、調べた範囲では気乾比重も英名も確認できませんでした。青黒檀と呼ばれる種の中ではDiospyrosmollis がよく知られているらしく、ビルマとタイに産し、Ma-Kluaと呼ばれています。
「斑入黒檀」は、黒色と黄褐色の大理石またはメノウに似た美しい斑模様をつくることで知られています。最も高価な黒檀です。Diospyros marmorata(平均気乾比重1.03)が代表的なものとされているが、前記のDiospyros celebicaも同様の材面をもつ。これらは、Andaman ebony、Andaman marblewood、 Streaked ebony、Zebra woodなどと呼ばれています。この材も、まれに高級アコギのボディやエレキギターの天板に用いられます。
ところで、現代のギターに最も多く用いられているエボニーと言えば、アフリカンエボニー(African ebony, Ebony, Benin ebonyなど)です。上記の「黒檀」類と比べやや安価ですが、トーンウッドとしての質が劣るわけではありません。このアフリカンエボニーは、樹種としてDiospyrus crassiflo(平均気乾比重1.03)、Diospyros kamerunensis (平均気乾比重1.09)、Dalbergia melanoxylon(前記)の3種が確認できましたが、他にも幾つかの種がエボニーとして取引されているようです。
上記以外のエボニーの比重は概ね小さく、0.8~0.9程度となります。
◆その他の硬木
・ブラックアイアンウッド(Black Ironwood;Olea laurifolia )
平均気乾比重1.08/m.c.6~12%
・デザートアイアンウッド(Desert Ironwood:Olneya tesota )
平均気乾比重1.13/m.c.6~12%.
・ビルマアイアンウッド(Burma Ironwood:Xylia xylocarpa )
平均気乾比重1.26/m.c.6~12%
・セイロンアイアンウッド(Ceylon Ironwood:Mesua ferrea )
平均気乾比重1.10/m.c.6~12%
・パナマローズウッド(Panama Rosewood: Platymiscium
pleiostachyum ) ワシントン条約付属書2類
7)スプルース
スプルース(スプルス)は、アコースティックギターおよびクラシックギターの天板に用いられます。まれに、クラシカルなタイプのエレアコに使われることもあります。
ギターに用いられているのは、シトカスプルースおよびヨーロピアンスプルース、それにイングルマンスプルースとレッドスプルース(アディロンダックスプルースを含む)の4種類です。いずれもマツ科の常緑針葉樹で、トウヒ(唐桧)属の樹木です。アコースティックギターの天板のほとんどはシトカスプルースですが、クラシックギター(特に良質なもの)ではヨーロピアンスプルース以外のスプルースが使われることはまずありません。
どのスプルースも振動伝播性は非常に優れていますが、その反面、各種の強度性能は高くありません。エレキギター以外では、天板の厚さは決定的に重要で、少し厚いとギターの響きが悪くなり、薄ければ板が歪みやすくなります。今日のアコースティックギターの多くは、購入当初からある程度「よく鳴る」ように造られており、その構造のせいで、弦の張力に対する天板の耐性が相対的に弱くなっています。このため、ちょっとした湿度や温度の変化、また弦の張り具合によって板が変形してしまうことがあります。(Ⅰギター用語>1.ギターのタイプ>③アコースティックギターを参照。)
新しいギターについては、保管にあたってこのことに留意すべきでしょう。
①シトカスプルース
音楽界以外ではベイトウヒ(米唐桧)またはベイモミ(米樅)として古くから知られた材です。 日本ではアラスカヒノキ、新カヤなどと紛らわしい名で流通していることがあります。シトカスプルース(Sitka spruce:Picea sitchensis )は、Yellow spruce、Cast spruce、Tideland spruceなどとも呼ばれ、アラスカ南部からカリフォルニア州北部に分布しています。シトカの名は、本種がアラスカ南東部のシトカ島で発見されたことによると言われています。
この木の辺材は淡黄色から白色系クリーム色、心材は淡黄~淡褐色で、光酸化によって、屋内照明であっても比較的短期間の暴露で淡い茶褐色に変色します。木目は通直ですが粗めの木理を持っています。軽軟材(気乾比重0.46)ですが、その割に強靱です。
出音は力強く、張りがあり、高音域がよく出ます。ストローク奏法によく合いますが、他のスプルースに比べるとやや耳障りな印象があります。湿気に弱いので注意してください。
②ヨーロピアンスプルース
ヨーロピアンスプルース(European spruce)は、オウシュウトウヒ(欧州唐桧)、ドイツ松とも呼ばれる複数の樹種の総称です。色は新材のうちは美しい乳白色ですが、光酸化によって黄色味の強い黄褐色となります。
ヨーロピアンスプルースはいずれも、他のスプルースより高価で、中級以下のギターには使用されていません。中でもジャーマンスプルース(German spruce:Picea excels 気乾比重平均0.44)は、歴史的に、プロギタリストやルシアーの世界で評価の高い木で、高級ギター専用材といえます。 クラシックギターにあっては、RamirezⅢ世がレッドシーダーを天板に用いるまでは、一般にこの木が用いられていました。産地は、ドイツ、オーストリアを中心とするアルプス山系ですが、現在、両国では伐採が厳しく規制されています。
ジャーマンスプルース以外のヨーロッパスプルースとしては、主に次の2種がギターに用いられています。どのヨーロピアンスプルースも、音質は概ね柔らかめで、シトカスプルースよりも艶やかです。と言っても、ピッキングに対する反応は敏感で、低中高の各音域の出音バランスもよいという特長があります。
・ノルウエイスプルース(Norway spruce:Picea abies 気乾比重0.43)
ドイツトウヒ、ドイツマツ、ヨーロッパトウヒとも呼ばれます。分布は広く、ヨーロッパの中央、北部の山脈地帯から西ロシアに至ります。
・シベリアンスプルース(Siberian spruce:Picea obovata 気乾比重0.30, 0.51, 0.71)
北ヨーロッパ、ロシア、シベリアから満州に分布。
③イングルマン(エンゲルマン)スプルース
イングルマンスプルース(Engelman spruce:Picea engelmannii 気乾比重平均0.37)は、ロッキー山脈北西部を原産とする種で、主として中級以上のアコースティックギターに使用されます。
外観はシトカスプルースよりも白く、経年変化による色焼けも少なめです。このため、ホワイトスプルースとも呼ばれます。音質はシトカスプルースより柔らかめで、透明感のある上品な音色と言えます。そのぶん力強さにはやや欠ける印象がありますが、各音の分離は明瞭で、低中高の各音域のバランスの良いスプルースです。
④アディロンダックスプルース
アディロンダックスプルース(Adirondack Spruce:Picea rubens Sarg. 気乾比重0.41)は、北米東部に産するレッドスプルースの一種で、アディロンダック山地で採れるものがとくにこの名で呼ばれています。
この材は、中音域にしっかりした芯を持つ力強い出音が特徴で、スプルースの中では最もパワフルです。音色は、やや丸みがあり、暖かい響きが得られる。奏者の力加減によって、高音部を綺麗に(またはシャキシャキと)響かせることも、しっとり柔らかな音色を出すことも容易にできます。非常に良い材で、古くからアコースティックギターに使用されてきましたが、近年は入手困難で、 見かけるのはほとんどが木目の幅の広い材(注)ばかりです。
(注)スプルースは針葉樹なので、一般に目幅が広くなるほど強度劣り、音の張りや高音域の抜けが弱くなる傾向があります。
8)シーダー(セダー)
シーダー(またはセダー、シダー)はヒノキ科の針葉樹で、クラシックギターの天板に用いられます。Furch(フォルヒ)など一部のメーカーが小ぶりのアコギに用いて、とても優れた音を実現していますが、一般にアコギに使用されることはまれで、ドレッドノートタイプでは見かけません。
シーダーには、レッドシーダーとイエローシーダーの2種がよく知られています。レッドシーダーには、Shinglewood、Western red cedar、米杉(ベイスギ)などの別名があり、イエローシーダーは、Alaska Yellow Cedar、Nootka Cedar、米桧(ベイヒバ)とも呼ばれます。ともに耐水性が高く、ヒノキチオールなど含有成分によって腐りにくく虫害を受けにくいという利点もあります。 他方でネズコンなどの成分により、人によってはアレルギー性喘息、鼻炎、皮膚炎などを惹き起すこともあります。
①レッドシーダー(Red cedar:Thuja Plicata 気乾比重0.37 ネズコ属)
北米の太平洋岸に広く分布しており、辺材は乳白色~淡黄色、心材は赤っぽい淡褐色ですが、光酸化によって次第に農暗褐色に変わります。木目は通直で、肌目は粗い。スプルース同様に軽軟で強度の低い材です。音質は柔らかめで艶やかですが、ピッキングへの反応は俊敏で、煌びやかな高音も持ち合わせています。
②イエローシーダー
(Yellow ceder:Chamaecyparis nootkatensis:気乾比重0.5前後)
北米西海岸に分布。辺材は白色から淡黄色で、心材は黄色。木目は通直で、裁断面は相対的に緻密です。磨くとよく光沢が出ます。独特の強い臭気があり、塗料の助けを借りなくても虫害の恐れがほとんどないと言われ。また、雨と直射日光を避けていれば千年以上腐食しないとも聞きます。
出音はやや硬めで力強さと張りがありますが、艶やかさはレッドシーダーに譲ります。
イエローシーダーは、Nootka Cypress、Yellow Cypressなどとも呼ばれていますが、フラメンコギターのボディ材として一般に用いられるサイプレス(シープレスまたはイタリアンサイプレス:Cupressus Sempervirens 気乾比重0.852~0.874)とは全くの別種です。
ところで上記とは別に、セドロと呼ばれる樹木があります。ときに混同があるため、少し触れておきます。セドロの呼称は、スペイン語のCedro cubanoに由来します。この木は、スパニッシュシーダー(Spanish cedar)、Cigar box cedar、Mexican cedar、West Indian cedar、Barbados cedar、Cuban cedarとも呼ばれているのですが、上記のシーダー(セダー)とは無関係です。
セドロは、センダン科の環孔材で、広義には中南米産Cedrela(チャンチン)属の数種(7種とも)の総称です。狭義では、同属のうちCedrela odorata(気乾比重0.59~0.68 ワシントン条約附属書2類指定)のみを指します。センダン科のなかではマホガニーとともに最も有用な材と言われ、ギターでは、天板ではなくボディに用いられます。耐候性に優れ、心材は赤みがかった褐色で芳香があります。
9)その他
以下は、ギター用材ではなく、コンボアンプまたはスピーカーの筐体に用いられる樹木です。
一般に合板(plywood)にすることで、強度は飛躍的に高まりますが、音響面では単板と比べてやや不利となります。
①イエローバーチ
イエローバーチ(Yellow Birch:Betula alleghaniensis気乾比重0.62/m.c.12%)は、広葉樹であるカバノキ科カバノキ属の木で、家具、内装パネル、合板、キャビネット、室内ドアなどのほか、アルコール、アセテート、タール、オイルの製造にも使われる最も商業価値の高い木です。北米原産で、gray birch,silver birch、swamp birchとも呼ばれます。
②バルチックバーチ
バルチックバーチ(Betula ermanii)は、カバノキ科カバノキ属ダケカンバで、ロシアンバーチ(Russian birch)とも呼ばれる。強度はイエローバーチに勝ると言われますが、強度にかかる指標も比重も不明です。高価な材ではありません。ヨーロッパダケカンバ(Betula pubescens)も、別名バルチックバーチ、ロシアンバーチと呼ばれ、どちらもヨーロッパ系のアンプの筐体によく使われています。
③イエローパイン
イエローパイン(Yellow Pine)は、サザンイエローパイン(Southern Yellow Pine)、サザンパインとも言われ、アメリカ南部諸州の広い地域に造林された次の4種の総称です。
イ)ロングリーフパイン/ダイオウマツ
(Longleaf Pine:Pinus palustris 気乾比重0.57~0.63)
ロ)ショートリーフパイン
(Shortleaf Pine:Pinus echinata 気乾比重0.57~0.63)
ハ)テーダパイン(Loblolly pine:Pinus taeda L. 気乾比重0.57)
ニ)スラッシュパイン(Slash. Pine:Pinus elliottii 気乾比重0.67)
これらは、針葉樹の中では最も強度のある材で、耐磨耗性にも優れています。これにより設計・施工精度を上げやすいほか、加圧防腐処理にも適しています(独特の細胞構造から防腐剤を深く均等に浸透させることができる)。このため、「世界最高の屋外構造用材」として評価されていますが、屋外での使用頻度の高い楽器用アンプやスピーカキャビネットにも重用されてきました。近年は樹脂製のキャビネットが普及していますが、少量生産品には向かないので、今もハンドメイドの高級アンプなどにはパインがよく使われます。